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?m?d?v第4回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“会社”

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更新日5月10日

<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
結局サテンのジャケットも深緑のトレンチコートも手に入れていないまま、
春を終えようとしています(前回の「ご挨拶」参照)。
近いうちに引越しをする予定があって、
《手持ちの物を減らそうキャンペーン》実施中なので、
(キャンペーン、というか、そのまんまの内容なんですけど)
まあ、仕方ないよねー、と思ってみてはいるものの、
多分夏になるまでは、というか夏になっても、
しばらく「春物……」とか思っちゃったり言っちゃったりしてると思います。
にしても引越しのこと考えると、憂鬱です。
たくさんの物が溢れかえる押入れなどを見ていると、
ああ、いっそこのままここで埋もれてしまって構わない、という気分にすらなります。
ですが、気を取り直して、今月の作品にうつらせていただきます。

<今月の作品> 〜第4回テーマ「会社」
  営業会議
 誰にも気づかれずに始まった恋は、誰にも気づかれずに続き、数日前、
誰にも気づかれずに終わった。わたしと彼しか知らない。わたしが彼を
どんなに好きだったか、彼がわたしをどんなに好きだったか、お互いが
どれほど苦しかったか、お互いがどんなに求め合っていたか、全部、二人
だけの秘密だ。
 恋が終わったって、世界が終わったわけではない。わたしは今日も満
員の通勤電車に乗って、会社に行く。電車も、風景も、会社も、わたし
が彼と恋をしていた頃と何ら変わりはなくて、それは優しいことのよう
にも冷たいことのようにも思える。
 水曜日の営業会議のことは考えないようにしていた。普段は離れた場
所で仕事をしている営業一課の彼と、この日は近くで向き合うこととなる。
けれど、考えないようにしているからって、逃げられるわけではなくて、
結局わたしは、いつもの席に普段と変わらない様子で着席する。
 そして彼もまた、恋が終わったからといって、消えてしまうようなこ
とはなくて、たった今も、三十人ほどがいる会議室で、わたしの左斜め
に座って、一人一人に渡された用紙に目を落としている。わたしも同じ
ようにしようとするのに、円グラフや、グラフについての説明が書かれ
た、肝心の内容は、ちっとも頭に入ってこない。それよりも、彼の青い
チェックのネクタイがバーバリーのもので、彼の叔父さんがくれた商品
券で買いに行ったものであるという、まるで関係ないことばかりを思い
出してしまう。
 付き合っているとき、この週に一度の営業会議のことを、よく話題に
あげた。
「会議、ほんとにめんどくさいよな」
「ねー。わたしなんて、営業第二課って名前がついてるだけで、実質事
務だし、話題も全然わかってないよ」
「俺は営業だけど、わかってない。自分が発表するときは、超焦ってな
んとか形だけ整えるけど。質問とか来るなよって思ってる。おれに聞く
なよ、って」
「じゃあ今度、質問しよっかな。このデータの信頼度を正確に述べてく
ださい、とかって」
「うわー、それ完全に嫌がらせだな」
 笑いながら話していたことを、彼はどのくらい憶えているんだろう。
「で、今の段階では、これに関してはペンディングとなっています」
 発表担当者である同僚の声が、突然耳に飛び込んできた。もちろん突
然ではなく、彼はずっと話し続けていたのだ。わたしの意識がずっと遠
ざかっていただけで。誰にとがめられたわけでもないけれど、気まずい
思いを抱えつつ、あらためて配られた用紙を読む。
「で、次の項目にうつるんですけれども」
 担当者の声を合図に、一斉にみんなが紙をめくる。紙の音が会議室を
満たす。
 一瞬、顔をあげると、左斜め前で、同じように紙をめくった直後の彼
と目が合った。あまりに思いがけないものだったので、目を離すことが
できなくて、瞬間、見つめ合うような形になった。
 そらすより先に、そらされた。視線を用紙に戻した彼の表情は、何事
もないように見えた。突然、言いたいことが、決壊したみたいにあふれ
でてきた。だけど、言えるはずがなかった。そもそも、本当に言いた
いことなのかも、わからなかった。
 会議中、よく、目を合わせていたことを思い出した。たくさんまばた
きをしてみたり、口をとがらせてみたりして、お互いに笑いそうになっ
てしまうことすらあった。隣の席の人に気づかれたのではないかと思い、
ひやひやすることも少なくなかったが、決してやめたりはしなかった。
わたしたちは完全に、状況をおもしろがってみせていた。誰と戦ってい
るわけでもないけれど、ずっと味方で、共犯者だった。
 わたしたちの恋が終わっても、週に一度の営業会議はなくならない。
担当者は、発表を終わらせかけているところだ。

目配せで交わした会話を思い出し書類の文字がにじむ会議室

                                 (ななひまわり)

<今月の優秀作>
ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
気になったものを、短いコメント付きで紹介させていただきます。
今回も、前回同様、素晴らしい作品が多くて、
なくなく削ってしまったものも多くあります。
なので、今回紹介されなかったという方でも、どうぞ次回以降も投稿してくださいね!

強がって走ると決めたはずなのに ヒールで挫く彼女の弱さ (打田舞子)
 ヒール「が」かなとも思ったのですが、どうでしょう。うまくまとまった一首です。


できるだけ社内文書を回覧で回す感じで君を誘った(伊藤なつと)
 どんな感じなんだろう……。想像させられます。


あと5才若かったなら内線で付き合ってよとか言っていたかも (さかいたつろう)
 あと5才若ければというのは、主人公がなのか、相手がなのか。気になります。


チョイスしたランチメニューがまたかぶる社員食堂気になるあいつ(ウクレレ)
 恋というより、ライバル関係を連想させました。笑いも含まれているような。


垣間見たあなたはすっかり別人で どちらがONでOFFかと迷う(やましろひでゆき)
 前提としているテーマの消化の仕方が、すごくうまいと思いました。


本命の会社に振られて落ち込んでディズニーランドに行って忘れる(新庄彩子)
 就活生に捧げたい短歌ですね。本音はそう簡単にいかなそうなところも、泣かせます。


ワイシャツも彼も冷たいことに勝て 四月は敵が多すぎなんだ(安藤えいみ)
 ぎりぎりまでショートストーリー用の短歌と悩んだ作品でした。次回以降もぜひ!


パソコンに嫉妬をしているなんてこと言えないでしょう?大人ですから(時雨)
 共感性が高そうだなと思いました。パソコンだけじゃないですよね!


窓ぎわの忘れ去られたサボテンも光合成の仕事をしてる(麦人)
 風景がぱっと浮かぶ、それでいて誰もが思いつくわけではないと思わせる一首です。


悪くないわかっていてもあやまれる先輩たちはカッコよかった(MOMO)
 助詞(「と」)の省略が気になりますが、内容は好きです。

 

<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>
ショートストーリーとなってから、
《ある場所でのシーン》を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「プール」です。
まだ少し時期が早いかもしれませんが、たくさんのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。
6月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。
アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)
そして、以下、プールをテーマに詠んだわたしの作品です。

 プールでは疲れて苦しくなったならすぐにあがればいいけど 恋は

                                   (加藤千恵)




加藤千恵近影

【著者プロフィール】加藤千恵(Kato Chie)撮影/五十嵐和博
1983年北海道旭川市生まれ。歌人。立教大学日本文学科卒。高校生のときに処女短歌集『ハッピーアイスクリーム』(発行・マーブルトロン、発売・中央公論新社)で話題を集める。現在、集英社携帯サイト『theどくしょ』で、自身初となる小説連載を行っているほか、ラジオなどにも出演。詩、書評、エッセイなどの執筆活動も行っている。主な著書に『ハッピーアイスクリーム』(中公文庫)、『たぶん絶対』(マーブルトロン)、『ゆるいカーブ』(スリーエーネットワーク)など。最新刊にカメラマン・タクマクニヒロ氏とのものによる『写真短歌集 放課後』(雷鳥社)。


第3回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“水族館”

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更新日4月10日 

<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
北海道(旭川)で過ごしていた頃、四季という感覚はあんまりなくて、
季節は夏と冬だけで構成されている感じでした。
なので東京に来て、デパートなどで春物が並んでいるのを見て、
自分の服に、春物という概念がなかったことに、ちょっとショックを受けました。
その反動のように最近は、春物を見るとついつい惹かれたり買ったりしてしまいます。
ちなみに今年狙いをつけているのは、サテンジャケットと深緑のトレンチコートです。
繰り返しますが、サテンジャケットと深緑のトレンチコートです。
と意味のないアピールを終えたところで、今月の作品にうつります。

 

<今月の作品> 〜第3回テーマ「水族館」
  ガラス越し
 水族館に行こうよ、と言い出したのは彼のほうだった。
「水族館? どこの?」
「前に行ったあそこ。で、帰りにタルトのお店寄ろう」
「あー……、うん、いいけど」
「けどって何だよ。大体さあ」
 わたしと目が合って、彼の言葉が止まる。目をそらしてから、
行くなら準備しちゃおうよ、と言う。わたしも、彼が言葉を
濁したのと多分同じ気持ちで、大体なんなのとか、自分だって
微妙な返事すること多いじゃんとか、浮かんだ言葉は口に出さ
なかった。うん、とだけ返して、支度にとりかかる。歯を磨く
ために立ち上がった。

 休日の水族館は、家族連れでにぎわっていた。家族5、カップル3、
女同士1、不明1、男同士0くらいの割合だろうか。どう思うかを、
隣でパンフレットを眺めている彼に聞こうとして、やめた。代わりに
別の言葉をかける。
「なつかしいね」
「久しぶりだよなー。こないだは2年くらい前だっけ」
「そんなに経つんだね」
 こちらにはまるで興味のない素振りで進むマンボウや、裏側が
顔みたいに見えるエイ、見ていると目がちかちかしてきそうな
熱帯の魚。わたしが立ち止まるのにも関係なく、さっさと歩いて
いってしまう彼の背中を気にしながらも、示された順路どおりに
進んでいく。見た水槽の数に比例するように、前に来たときのこ
とをはっきりと思い出していく。
 付き合って間もない頃だった。季節は夏で、彼は淡いイエロー
のTシャツを着ていた。おそるおそるという感じで、手をつながれた。
手のひらが少し汗ばんでいることが、ものすごく恥ずかしかった。
魚ひとつひとつに対して、こいつはすぐに食われそうだなとか、
おいしそうに見えないとか、意味のない勝手なコメントを繰り返し
ては、くすくすと笑った。
「ねえ」
「え、何?」
 すっかり回想にひたっていたので、突然話しかけられて驚いて
しまう。同時に、この人はわたしの存在を忘れてたわけじゃないのか、
とも思った。
「アナウンス聞いてた? ペンギンのごはんタイムやるって。見に行く?」
「うん、せっかくだし行こうか」
「ん」
 聞いておきながら、大して興味を惹かれていない様子で彼が答える。
どうしてなの、と言いたいような気持ちになった。水族館だって、
もともと、そっちが言い出したことなのに。そんなに楽しくないんだったら、
家で雑誌でも読んでればよかったじゃん。
 何も言わないまま、わたしたちはペンギンエリアへと進む。途中、
つながれることのない右手を、ジーンズのポケットにしまいこんだ。

 ガラス越しに、ペンギンの泳ぐ様子が見えるようになっていた。
 係のお姉さんがバケツから取り出して投げた魚に、一斉にむらがる
ペンギンの様子を、見ている人たちが笑い合う。すごいねーすごいねー、
という子どもの声が聞こえる。デジタルカメラや携帯電話を向けて、
撮影している人も大勢いる。そんな中でわたしたちは、ただ黙って、
ペンギンを見ている。相変わらず興味のなさそうな様子で、よく食うなあ、
と彼がつぶやいた。
「ねえ、もうだめだと思う」
 ぽつりとつぶやくと、彼が、なに、とちょっと怒るような口調で訊ねて
きた。本当に聞こえなかったみたいだ。周囲は騒がしいし、無理もない。
「全然楽しくないじゃん。もう、だめだよ」
 ガラス越しのペンギンを眺めながら、わたしは言った。彼の言葉より
も先に、それでは本日のごはんタイムは、こちらで終了とさせていただ
きまーす、という明るい声が耳に入る。

ペンギンは飛べない鳥だというだけで笑いあったねふたりでいれば
                                                         (敷島ヤマト)

<今月の優秀作>
ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
気になったものを、短いコメント付きで紹介させていただきます。
いいものが多くて絞りきれなかったため、
いつもより多めの紹介です。

タツノオトシゴのヒレより俺の髪型の変化に気づいてほしい(トヨタエリ)
髪型が変わったことはわかってる それよりダイオウグソクムシだろ(柚木)
 上2首は、偶然ですが、セットのようになっていて、読んで楽しめました。

水槽の魚と泣いているきみに責められている気がしてる俺(杉田亮介)
 魚にすら責められる気分だなんて、どんなことを……。

幸福なイルカが跳んで私たち笑ってられた お別れだけど(ちりピ)
 意外性はなかったですが、反面、まとまっていて読みやすかったです。

閉じ込めた海が一気にあふれ出しそうで行くのはイヤだったのに(伊藤なつと)
 水族館って暗いし、考えようによっては、怖いイメージですよね。

キスなんて突然いわれ目が泳ぐ“東京湾”の水槽前で (岡本雅哉)
 字数調整が必要ですが、テーマ(水族館)は前提なので、東京湾の前でもよかったと
思います。

ゆく魚ゆく魚みなチラ見してゆくつながっていない手と手を(赤城尚之)
 つながった手、ではなく、つながっていない、というのはちょっと予想外でした。

ラッコでも浮気をするのね どうでもいい知識をもっともっとおしえて(さかい たつろう)
 可愛らしい! 恋する気持ちを、具体性を持って表現できていると思います。

キスをするチャンスを逃す僕たちを笑って見てるエイの裏側(文月育葉)
 エイの裏側って、笑って見えますよね。気持ち悪いのに目が離せませんよね?

クラゲから見たってきっとカップルだ なのに言えない、深海にふたり(藤野唯)
 深海という言葉から、水族館の暗い映像も、二人の微妙な関係性も伝わるようでよかった
です。

これよりも多くの魚を君のためにさばいてもいい OKします(てこな) 
 プロポーズや結婚という言葉を使わずに表しているのは見事です。

この瞬間ガラスが割れてサメに喰い付かれてもいい 祝初デート(ゴニオ)
 それは言いすぎだと思います!! 面白く笑わせていただきました。

 

<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>
ショートストーリーとなってから、
《ある場所でのシーン》を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「スーパー」です。
みなさんからのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。
5月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。

アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)
そして、以下が、スーパーをテーマに詠んだわたしの作品です。ご参考までに。

ポイント五倍の曜日にスーパーに立ち寄るみたいに会いに来ないで

                                                                 (加藤千恵)


第2回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“坂”

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更新日3月10日

<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
暦の上では春ですが、全くあったかくないですよね!!
2月中旬に、友だちと函館旅行したのですが、
あまりの寒さに、よく生きて帰ってこられたな、という気持ちになりました。
函館山からの夜景は、世界三大夜景というより、
世界三大吹雪というのを実感しました。
でも食べ物が本当においしかったし、街並みも綺麗で、
すごく楽しい旅行だったのですが。また行きたいなー。
あと今回、投稿された中に、偶然にも、函館が出てくる短歌があったりして、
なんだか嬉しかったです。下で紹介させていただいてます。
(もちろんその偶然だけでなく、内容に惹かれたんですけど)
ではでは、今月の作品にうつります。


<今月の作品> 〜第2回テーマ「」〜

  転がっていく

 足は冷やさない方がいいよと彼がしつこく言うので、わたしは思
わず怒った。そうだね、足は冷やさない方がいいし、不倫はしない
方がいいよね、という嫌味を付けて。
「祐子はまたすぐにそういうこと言うんだから」
「だって嫌いなんだもん、靴下」
「だからって、不倫とか持ち出すことないでしょう」
 むしろなんだか楽しそうな様子で、彼はわたしのほっぺを軽くつ
ねった。子ども扱いじゃん、と思いつつも、わたしはわたしで、そ
んなに嫌な気はしなかった。
「今度、室内履き買ってあげるね。あったかいスリッパとか」
 そう言いながら帰り支度をする彼に、どうせ買ってもらうならプ
ラダの靴とかがいいなあ、と返した。じゃあ白い室内履き買って、
黒いマジックでプラダって書いてやるよ、という彼の言葉は、付き
合い程度に笑って流した。
 狭い玄関で、軽くキスをしてから、彼は帰っていった。途端に、
足の裏からフローリングの冷たさが伝わってくるような気がして、
室内履き、ほんとに買ってもらおうかな、と思い直した。

 翌日の夜になって電話がかかってきたので、やっぱり室内履き買
ってほしいな、とお願いしようと思ったのに、もしもし、という声
だけでもう、そんな状態じゃないのがわかった。
 単純な話だった。奥さんにバレたから、もうわたしとは付き合え
ない。わかりやすく、シンプルで悲しい話。冗談だったらいいのに
なあって思いながら、今にも泣きそうな彼の声を聞いていた。わた
しだって泣きたいけど、うまく涙なんて出てこない。
 何を言ったのかもよくわからないまま、切れた電話とわたしが部
屋に取り残される。自分がどんな相槌を打ったのか、すぐさっきま
でのことなのに思い出せない。何を言ったとしたって、どうしよう
もなかったということだけはぼんやりとわかっていた。
 信じられない。
 不倫なんていう言葉から、ずっと遠く離れた関係のように思って
た。わたしが彼を好きで、彼がわたしを好きで、だけどたまたま、
彼が結婚してるっていうだけで。だからこそ、ネタにして笑いあう
ようなこともできたのに。
 信じられない。
 奥さんにバレたからって、簡単に別れてしまうことができるだな
んて。だってあんなに好きとか大好きとか愛してるとかずっと一緒
にいたいとか離れたくないとか、そんなふうに交わした言葉たちは、
一瞬にして嘘になったり、消えてしまうようなものじゃなかったは
ずなのに。
 信じられない。
 いつか結婚したいとか子どもが欲しいなんて思ってないし、ただ
ずっと、手をつないでいたかっただけなのに。不可能なことじゃな
いと思っていたのに。
 信じられない。
 わたしと彼の恋は、あくまでもわたしと彼の恋であって、誰かが
そこに介入したりできるものじゃないのに。
 信じられない。
 いつまでも、どこまでも、行ける気がしていたのに。見たことも
ないような場所まで。それがたとえ、どんなにひどい場所であって
も、2人なら、なんとかなるはずなのに。2人なら。2人でいれば。
 視線を下げると、自分の素足があった。薄いピンクのペディキュ
アははがれかけているし、爪も伸びている。足は冷やさない方がい
いよ、と彼の口調を真似て、小さく声に出してみた。当たり前だけ
ど、全然、似てなかった。全然、全然、似てなかった。


坂道を転がるくらいの覚悟ならできてるんだと思っていたの

                              (やまよし)


<今月の優秀作>
ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
すばらしい作品がいくつもありましたので、
短いコメント付きで紹介させていただきます。

好きじゃないあなたのことを考えて自転車をこぐ  やっぱり好きだ(トヨタエリ)
 展開が読めてしまうのが残念でしたが、読みやすく感じられました。
「長崎は坂が多いよ」それだけのメールだったし関係だったし(小埜マコト)
 想像を広げさせられます。ちなみに長崎は福山雅治出身地ですね!
函館の坂から海へまっすぐに跳び込みたくなるような失恋(安藤えいみ)
 偶然にもこないだ行ったばかりです、函館。見事な比喩ですね。
坂道を二ケツで転がる 風を切る 青春だとは気づかなかった(ちりピ)
 さわやかで好感度の高い一首です。
焼きたてのパンの匂いも坂道を転がることに気づく日曜(末松さくや)
 まとまりのある、美しい一首だと思いました。
坂道を越えて7歩で振り返る きっと向こうで君も振り向く(ゴニオ)
 幸せな歌とも、そうでない歌とも読めますね。でもやっぱり切なさを感じます。
この坂にたくさん涙を染みこませ 上って下りて忘れていった (ほんださゆり)
 主張自体はシンプルですが、リズムがすごくいいです。
二歩くらい前を歩いて振り向いて「同じ背だね」と君が笑った(わだたかし)
 可愛らしい情景が、わかりやすく描けていると思いました。


<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>
ショートストーリーとなってから、
《ある場所でのシーン》を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「会社」です。
みなさんからのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。
4月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)
そしてわたしも会社をテーマに詠んでみました。
はっきりいって難しかったです。

コピーするときだけ何も考えずいられた 君に会えないひと月

                               (加藤千恵)

第1回 かとちえの短歌ストーリー テーマは“中華街”

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更新日2月12日

<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
今回から、ついに、内容をリニューアルということで、
タイトルも『かとちえの短歌ストーリー』となりました!
どうか今まで同様、そして今まで以上に、
どうぞよろしくお願いします。
これを機会に、見ているだけだった方の投稿が増えると嬉しいです。
もちろん今まで常連だった方にも、期待してます!
そして、ご意見などもどしどしいただけるとありがたいです。
そちらもよろしくお願いします。


<今月の作品> 〜第1回テーマ「中華街」〜

  肉まん

 待ち合わせ場所である、駅の北口改札前に、ソウくんはまだ姿を
現していなかった。予想通りだったので、驚きはしなかったけれど、
少しだけ不穏な気持ちになり、それでいてどこかで安心も覚えた。
 今のうちに帰っちゃうのもありかもしれないと考えていると、後
ろから肩を叩かれたので、身体が大げさにびくっと反応した。慌て
て振り向くと、そこには笑みを浮かべて立っているソウくんがいた。
いつもより緊張して見えるけれど、それはわたしが緊張しているせ
いかもしれない。
「そんなに驚かれると思わなかった」
 そう言いながら改札に向かう彼の、後ろを付いていく。初めて見
る紺のダウンジャケットを着ているソウくんは、イメージよりも背
が高い感じがした。
「っていうかさ、遅れて来たんだから、謝罪しなよ、謝罪」
「法学部の人は、すぐに謝罪とか言い出すからなー」
「それは関係ない。とにかくなんかおごってもらうからね」
「えー。真理ちゃんってばこわーい」
 なんだか必要以上に明るく振る舞っているみたいだ、と思いなが
ら、ホームに並んで、やって来る電車を待った。冷たい風が頬に刺
さるので、何度か手で顔をさすりながら。

 電車の中、わたしたちは、ずっとしゃべっていた。たとえば共通
科目『言語と社会』の教授の口癖について。ソウくんのバイト先で
あるカラオケボックスに現れる変な客について。好きなバンドの新
譜について。沈黙を怖がるかのように話し続け、笑うわたしたちは、
けれどルールであるかのように、ある一つの単語は絶対に出さなく
て、それがかえって、あることを意識させつづけた。
 その話題に触れたのは、中華街にやって来て、パンダグッズだら
けのお店に入ってからのことだ。
「ねえ、これ、あいつ好きそうじゃない?」
 中国風の曲を鳴らしながら、電池で動くパンダのおもちゃを手に
とって、ソウくんは言った。笑いながら大きくうなずいたわたしも
また、近くに飾られていたパンダのキーホルダーを手にとって、こ
れも好きそうだよ、と言った。それが合図だったみたいに、わたし
たちはあらゆる商品を手にとって、騒ぎ出した。
 これは絶対、由美の好きなタイプのパンダだよ。
 あ、これ、由美の家で見た気がする。
 これは由美に言わせると「ダメパンダ」だろうなー。
 もう、このお店ごと由美にプレゼントしたいよね。
 長い時間をかけて、ソウくんが選び出した由美へのプレゼントと
は、パンダ柄のパジャマとパンダの写真付き卓上カレンダーだった。
彼が会計を済ませている間、わたしは由美から、ソウくんのことを
初めて紹介された日のことを思い出していた。
「紹介するね。この人が宗治。つきあうことになったんだ」
 あの日の由美の笑顔を、くっきりと、覚えている。

 ソウくんが、パンダ好きの由美へのプレゼントを買い終えてしまう
と、わたしたちには中華街に留まっている理由がなくなった。それな
のに、駅の方には向かわずに、ふらふらとあたりを歩いている。なん
か家出みたいだよねえ、と笑うこともできない。
 唐突にソウくんが足を止め、何かと思ったら、肉まんを買っている。
せいろから出る湯気は、見ているだけでもあたたかそうだ。じっと見
ていると、買ったばかりのそれを手渡された。
「これ、今日の遅刻のお詫びってことで。あと付き合ってくれたし」
 渡された肉まんは、見た目通り、あたたかかった。一口頬ばって、
おいしい、と言うと、俺も一口食べたい、とソウくんが言う。手渡す
と、勢いよく頬ばり、熱い、と少し大きめの声で言う。思わず笑いな
がら、再び手渡される肉まんを受け取る。
 ねえ、やっぱもう一口ちょうだい。えー、だってこれ、お詫びじゃ
なかったの。思いのほかおいしかったからさあ。もう一つ買えばいい
じゃん、今度はあんまんでもいいよ。どんだけおごらせる気だよー。
けど、お詫びとお礼にしては安すぎじゃん。俺、貧乏な学生なんだか
ら、そこは出世払いで一つ。
 楽しげに歩くわたしたちは、すれ違う人からは、カップルにしか見
えないだろうと思う。それがいいことなのか悪いことなのか。わたし
は何を望んでいるのか。ソウくんの手に触れたいという思いをごまか
すかのように、わたしは彼に、残り少なくなった肉まんを手渡す。

わたしたちの子供みたいな肉まんがつながない手を温めている

                                                                (遠藤しなもん)

 


<今月の優秀作>
ショートストーリーで使わせていただいた短歌以外にも、
すばらしい作品がいくつもありましたので、
短いコメント付きで紹介させていただきます。

握った手もっとホットになってくれ 赤色キラキラする中華街(宇津つよし)
 単語の選び方や配置に、独特のパワーを感じます。
シウマイと北京ダックが食べたくて来たわけじゃない君とはるばる(伊藤なっと)
 食べたくて来たわけじゃないのは、君ともわたしとも読めますね。
桃色のチャイナドレスの小姐の脚が綺麗だ  来なきゃよかった(トヨタエリ)
 嫉妬を可愛らしく描けていると思います。
この後にキスをするかもしれないし餃子に箸をつけないランチ(文月育葉)
 お、乙女! 見習わなければ、と思わされました。
少しだけ海外のようなこの街で少しだけきみの指先に触れる(ろくもじ)
 確かに海外のような感じしますよね。
中華街ひとりぼっちでさまよえば道行くひともみんな迷子だ(岡本雅哉)
 中華街と迷子のイメージ、妙に合う気がします。
ぐるぐるの硬いお菓子が好きだったあなたを中華街にて想う(ほんださゆり)
 ぐるぐるの硬いお菓子、ありますね! 絵が浮かびます。
たまて箱のけむりのようでまだyesと言えないセイロの蓋が開いても(てこな)
 喚起力にすぐれた作品だと思います。

 

<次のテーマ&今月のかとちえ短歌>
ショートストーリーとなってから、
≪ある場所でのシーン≫を連想させる短歌を募集しておりますが、
今回の《ある場所》は、「水族館」です。
みなさんからのご応募、お待ちしてます!
以下は募集要項です。

3月10日締め切りで、一人2首以内、テーマ記載の上、
ペンネームがある場合はペンネームも添えて。
→送り先:tanka_57577@3anet.co.jp(第二出版部「かとちえの短歌ストーリー」係まで。アドレスの「@」を半角に修正してお送りください)

また、参考になればということで、
わたし自身も、このお題で詠んでみました。

泳いでるマグロにだけは教えてもいいと思った この人が好き

                                                                (加藤千恵)