
2007年9月13日
山 中
■ 原文 ■
曾良は腹を病て、伊勢の国長島と云所にゆかりあれば、先立て行に、
行行てたふれ伏とも萩の原 曾良
と書置たり。行ものゝ悲しみ、残るものゝうらみ、隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし。予も又、
今日よりや書付消さん笠の露

原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店
■ 訳 ■
同行(どうぎょう)の曾良は、やまいを得て、その休養のため、伊勢の国長島の縁者のところに先行することになった。そのたびたちに際して、
行行てたふれ伏とも萩の原
と一句を書き残した。当時の旅は、健康な者にとっても命がけの行為なのに、ましてや病を得ての旅である。無事安泰の保証など求められるものでもなかったのである。
その別れのおもい、それは将に、片割れ鳥の雲に迷い飛ぶごときものであろう。
今日よりや書付消さん笠の露
旅人の笠に記す「同行二人(どうぎょうににん)」は、御仏(みほとけ)とともに歩むという意味であるが、今までの我々は、ほんとうに「同行二人」であった。その四文字も、この悲しみの涙でかき消されてしまうことではないだろうか。
■ 注釈 ■
漢字仮名まじり文の模範
ここにあげた「おくのほそ道」の部分は、漢字仮名まじり文の模範というべき文である。つまりそれは、日本語文の名文である。
病を得て先立ちゆく曾良を、師の芭蕉は、それを見送る。それは柔らかなタッチの和語文でつづられてゆく。その和語文のタッチは、病身の曾良を気づかう芭蕉さんの眼つきである。それは、流れるような柔らかい和語のつづりである。とくに、「ゆかりあれば」の「ゆかり」は、現在でも「縁者」という漢語を使うのが普通だろう。その文脈には、濁音さえ影をひそめた文体である。
特に秀逸なところは、「行ものゝ悲しみ、残るものゝうらみ」と、ミ音(おん)を重ねている部分である。
みなさん、因(ちな)みに、「ミ(mi)」という音(おん)を意識して発音し、その場合の唇の状態を考えてみてください。
それは、能面(のうめん)でいうなら「癋見(べしみ)」の表情ではありませんか。
子どもの表情とするなら、それは「泣きべそ」の顔であろう。それは、こみあげる感情を、ぐぐっと抑えたときにできる表情である。
旧暦3月末に江戸を発ってから4か月、その間苦楽を共にしてきた弟子の曾良が、病を得て今先に行く。その後ろ姿を見送る。悲しみがこみあげる。ぐっと抑えて一旦は癋見顔になるのであるが遂に、押さえきれなくなる。その表現が、
隻鳧(せきふ)のわかれて雲にまよふがごとし。
という、突如の漢語表現である。
隻鳧とは、片割れ鳥のこと。鳧(けり)は、鳩ほどの大きさの鳥だが、名だたる鴛鴦(おしどり)より夫婦仲のよい鳥として有名である。…そんな鳥の説明などどうでも良い。和語・漢語の音調を巧みに用いる感情表現のみごとさ。これぞ日本語の美しさの極致というべきはないか。何度も暗誦を繰り返したい文章である。
【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)
1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
