
2007年8月29日
市振の関
■ 原文 ■
今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云北国一の難所を越て、つかれ侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云をきくきく寐入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ」と、泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護、かならず恙なかるべし」と、云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とゞめ侍る。

原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店
■ 訳 ■
今日は、「親知らず・子知らず」、「犬もどり」、「駒返し」などといわれる険路うちつづく北国一の難所を越え来て、さすがに疲れてしまった。
それで、今夜は早々に寝に就こうとしたのであったが、一間(ひとま)隔てた面側(おもてがわ)の部屋の、2人ほどの若い女の話し声が耳について、なかなか寝付けない。
その話し声には、年配の男の声も交っている。そして、その語るところを聞けば、彼女らは、越後の国新潟という所の遊女たちであるという。伊勢参宮を志して旅立ち、男は、この関まで送ってきたのだが、あすは、故郷に引き返すのであるという。それで故郷への手紙とともに、いささかの伝言も託しているようであった。
彼女らの語りである。
「私たちは、なんという運命のもとに生まれついたのであろう。
白なみのよする汀(なぎさ)に世をすぐすあまの子なれば宿もさだめず
と、古歌にもあるように、あまの子(遊女)というものになり下がり、日々定めのない契り(ちぎり)のなかに生きなければならない。なんという悲運なことなのだろう…。」
という語りを聞きながら、眠りに入る。
翌朝出発しようとすると彼女らは、われわれに対して、
「大変お願いしにくいことなのですが、これからの旅は、私たちだけでは不安でならないのです。同道をお願いするなど、おこがましいことは、とても申し上げられません。でもせめて、見え隠れにも後を付けさせていただけないものでしょうか。僧形(そうぎょう)をなさるみなさまにおすがりしたいのです。仏のみ情け、み恵みを垂れさせ給うこと、お願い申し上げます。」
と、涙ながらにお願いするのである。
…不憫なことである。…しかし、
「我々とて、ただまっすぐに辿る旅ではないのです。所々方々に立ち寄ることも多いのです。…よろしいですか。…このような場合は、ただただ、人々の流れを信じ、その流れに従って行くことです。そうすれば、必ずや神仏はお守りくださるはずです。」
と、言い聞かせて出発したのではあったが、哀れさのいつまでもあとを引くことではあった。
一家に遊女もねたり萩と月
おもいを曾良に語れば、旅日記に書きとめてくれておった。
■ 注釈 ■
一間(ひとま)隔てた関係
遊女たちの身の上話し、その嘆きを、芭蕉さんが、直接聞かされたのではない。
一間隔てたところで聞いたのである。
然しそれは、人生における最も深刻な身の上話しとの出逢いなのであった。
「おくのほそ道」の「やまば」…起承転結でいうならば「転」の部分は、「市振の関」の章である。そして、それは、みごとな手法をとって設定されている。
「おくのほそ道」の主題(テーマ)は、「旅」。そして旅とは、出逢いと別れの連続ということであるから、その「やまば」は、出逢いと別れの分岐点、そして、最も壮絶で感動的な場面でなければならない。
だから、彼女らが故郷に託す伝言は、「はかなき言伝」と表現しているのに対し、彼女らの嘆きことばは、実に格調の高い文体でもって綴られているところに注目して読むべきである。
このように深刻な人間の真情と出逢いながら、芭蕉さんは、彼女らとの同道を拒否する。拒否しながらも、その行く先は、神仏の御力に託すということなのである。
これが、この「おくのほそ道」という作品の「やまば」における出逢いと別れ、その様相なのである。
萩と月を一幅の絵と見る
一家に遊女もねたり萩と月

この「萩と月」を、ただ、野にある風景と見るのではなく、例えば、一幅の絵のものと見た場合どうなるか。
2つのものは、地上と天上に距たったものでありながら、関係がはっきりしてくる。
即ち、萩は地上に咲きほこり、それを天上から月が照らすということになる。将にこの関係、一幅の絵は、この作品の人間関係を象徴する絵となるのである。
これを、仮に、芭蕉さんが「月」で、遊女が「萩」と言ってしまったらなにか…人間に上下の別をつけてしまいそうで、どうも言い切れない。
でも、隔たって居ながらもその間には、ちゃんとした関係が厳としてあるのだ…ということを芭蕉さんは、象徴的に「萩と月」と表現したのではないかと思う。
【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)
1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
