
2007年7月25日
尾花沢
■ 原文 ■
尾花沢にて清風と云者を尋ぬ。かれは富るものなれども志いやしからず。都にも折々かよひて、さすがに旅の情をも知たれば、日比とゞめて、長途のいたはり、さまざまにもてなし侍る。
涼しさを我宿にしてねまる也
這出よかひやが下のひきの声
まゆはきを俤にして紅粉の花
蚕飼する人は古代のすがた哉 曾良
原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店
■ 訳 ■
尾花沢にて、鈴木清風という者を尋ねる。
彼は、富裕の身でありながら、人品高潔のものである。職業柄、度々上京することがあり、従って旅の風流にも理解あるものなので、しばらくとどまって、お世話になることになる。
…清風方(がた)も、長旅の労をねぎらいなぐさめ、いろいろともてなしてくれる。久しぶりに「わが家」に落ち着くおもいである。
涼しさを我宿にしてねまる(※後注)也
…かいや(蚕室)の下で、ククと鳴くひきがえる(蟇)よ、出てきて私とも語ろうではないか。
這出よかひやが下のひきの声
そして、清風の業(なりわい)としている紅花。そのはなぶさは、あたかも女性が身を装う道具である、眉掃(まゆはき)と、そっくりではないか。
まゆはきを俤にして紅粉の花
また、夏の養蚕のしごと、それは高温多湿の中でおこなわれることなので、男女とも、上半身裸のままである。
蚕飼(こがひ)する人は古代のすがた哉 曾良
■ 注釈 ■
芭蕉の寄り道…旅の途中の「わが家」
…かれは富るものなれど志いやしからず
「ほそ道」の旅の記述は、人との出逢いの記録でもあるわけだが、この「富るものなれど志いやしからず」という鈴木清風に対する人物評ほど凛としたものは他にない。
これは、私的な感情であるけれど、わたしは、このことばのあることを知って、作品「おくのほそ道」から、目が離せなくなった。
なんとすごい人物評なのであろう。
地図で見てもあきらかなように、平泉から象潟(きさがた)に向かう道程からは、尾花沢や山寺は、寄り道になっている。
なのに、山刀伐峠を越えて尾花沢へ向かう。それは、この鈴木清風の居住の地への寄り道なのである。
だから、旅の途中にあるべくもない「我宿(わがやど)」に「ねまる」のである。
「ねまる」とは、土地の方言であり、語源は「根回る」ではないかと思う。
樹木が大地に根を張る如く安座するのである。
人がその地の神のなかに安住する状態をいうのではないかと思う。
そして、句の題材となる「蚕飼い(こがい)」も「紅花(べにばな)」も、清風のなりわいを支えるものである。
【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)
1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
