Topics

漢字でよむ おくのほそ道 第13回
尿前の関

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年7月18日



尿前の関


■ 原文 ■


南部道遙にみやりて、岩手の里に泊る。小黒崎・みづの小島を過て、なるごの湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。此路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。大山をのぼつて日既暮ければ、封人の家を見かけて舎を求む。三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。
  蚤虱馬の尿する枕もと


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


平泉からは、南部方面へは向かわず、南下して、宮城県の岩出山に宿泊。更に、小黒崎・みづの小島を過ぎ、鳴子温泉を経由して、尿前の関から出羽の国に越えることにする。

この、尿前越えといわれる路は、旅する者が少なく、また、関守たちも警戒心が強く、はらはらしどおしで関を越える。

この尿前越えまたは、中山越えといわれる峠を越えた時は、すでに日没。

国境を守る役人の家、いわゆる封人(ほうじん)の家を見かけて、宿泊させてもらうことにする。

…3日間、暴風雨のため、やむなくこの山中に逗留することになったのであるが、そこは、一晩中蚤や虱にせめられ、その上、枕もとでは馬の尿する音。

なんともわびしい旅寝であった。

  蚤虱馬の尿する枕もと




■ 注釈 ■


封人の家

宮城県小牛田(こごた)から山形県新庄市に通ずる鉄道、陸羽東線。

その、山形県側最初の堺田(さかいだ)駅の近くに、「封人の家」がある。

建物は茅葺屋根の平屋で、普通の農家。

芭蕉さんの実際に宿泊したその建物が現存している。

居室と土間を隔てて、屋内に2頭分の馬屋があった。



深山を越え行く描写

…旅は、尿前の関のある堺田からは山刀伐峠(なたぎりとうげ)を越え尾花沢に到る。

その、深山をゆく描写は、「おくのほそ道」のなかでも屈指の名文である。

それは、

…あるじの云にたがはず、高山森々として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて、夜る行がごとし。雲端(くもは)につちふる*心地して、篠の中踏分踏分、水をわたり岩に蹶て、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。…

となっていて、これぞ、日本の文語調の名文。

昼なお暗い深山を、一行が息をつめて通りすぎるその様子が目に見えるようである。

* 「雲端につちふる」

竜巻のような天候であろう。突風に、巻き上げられた砂塵が、雨とともに降ってくる、そのような天候をいう。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。






この記事へのコメント
この記事へのコメントをご記入ください。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

(ブログ管理者が承認したコメントのみ表示されます)
この記事へのトラックバックURL
http://www.blogdehp.net/tb/13190914
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
(当記事へのリンクを含まないトラックバックは受信されません。)