
2007年6月6日
那 須
■ 原文 ■
那須の黒ばねと云所に知人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへども、さすがに*情(じょう)しらぬには非ず。「いかゞすべきや。されども此野は縦横にわかれて、うゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」とかし侍ぬ。ちいさき者ふたり、馬の跡したひてはしる。独は小姫にて、名を「かさね」と云。聞なれぬ名のやさしかりければ、
かさねとは八重撫子の名成べし 曾良
頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。
*ルビは筆者による
原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店
■ 注釈 ■
「優しさ」を知る
この「那須」の章は、草刈る農夫との出逢いに「野夫といへども、さすがに情しらぬには非ず」と感動することをあらわす重要な一章である。
即ち、日本の人々とは、人に対し、いかに心やさしく、ゆかしくつきあうものであるか、ということを示しているところなのである。
芭蕉さんは、迷路のごとくいりくんだ那須野が原に迷い困惑して、農夫にすがる。
それに対して農夫はまずはじめに「いかがすべきや(どうしたらいいでしょうね)」というのである。
これは、うつべき手だてがみつからなくて困っているのではない。
困っている相手の立場になるのである。
そういう言い方で、まず相手に同情の気持ちを伝えるのである。
これは、まことに、おくゆかしい心づかいなのではないか。
そうしておいて、次につづくことばは、「旅の者なら、ここで迷うのは、当然のことなのだよ」と伝えておいて、そして最良の方法、つまり、わが馬を貸し与えようというのである。
…馬というものは、道をよく知っているものである。この馬に乗っていき、その止まった所が目的の黒羽である。安心してこの馬をお使いなさいと、貸し与えるのである。
さらに、この馬を返すには、馬の首を反対に向けて、お尻をひとつ、ぽんと打てばよい。馬はひとりで、必ず帰りつく…とも伝えたはずである。
この農夫の厚情に対する芭蕉さんも、さすがである。
大事な馬を借りるのであるから、普通なら、「謝礼は如何ほど?」と問うだろう。しかし、そうしたなら、「とんでもない」と、ことわられるだけである。
芭蕉さんには、そのような謝意の示し方はすべきでないことは、よくわかっているのである。それで、謝礼は帰り馬の鞍つぼに結びつけるということになるのである。
これが、優しさに対する優しさの応答なのであり、これがむかしからの日本人の心づかいなのである。
【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)
1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
