漢字でよむ おくのほそ道 第4回
仏五左衛門

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年5月23日



仏五左衛門


■ 原文 ■


卅日、日光山の麓に泊る。あるじの云けるやう、「我名を仏五左衛門と云。万正直を旨とする故に、人かくは申侍るまゝ、一夜の草の枕も打解て休み給へ」と云。いかなる仏の濁世塵土に示現して、かゝる桑門の乞食巡礼ごときの人をたすけ給ふにやと、あるじのなす事に心をとゞめてみるに、唯無智無分別にして正直偏固の者也。剛毅木訥の仁に近きたぐひ、気稟の清質、尤尊ぶべし。


oku4



原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


(3月)30日、日光の麓の宿に宿泊する。

その主人は言う。

「私は名を仏五左衛門といいます。万事ものごとに対しては、正直一辺倒をモットーにしていますので、他人様はこう呼んでくれています。そういうわけですから、今夜は安心してお休み下さい。」という。

…一体全体、どのような仏性が現世にあらわれ、この乞食姿の僧形のものをお助けになるのであろうと、主人のすることに注意してみるのだが、要するにただ正直なだけがとりえというもの。

孔子の言にある「剛毅木訥の仁」、俗にいう律儀者なのである。…が、こういう心の清い人こそ尊い人間性というべきものではなかろうか。




■ 注釈 ■


仏五左衛門的人物

人間、自分の特性が世間からちゃんと認められないでいると感じたら、自己を顕示したくなるものである。

私の故郷の山形にも、むかし新庄駅の駅員氏に、そういう人物がおった。

彼は、ラウドスピーカーなどのなかった時代の列車の案内係であって、「しんじょー、しんじょー、なるご・こごた方面、さかた・つるおか方面乗り換えー。」と、入る列車ごとに、肉声で案内する人であった。

自らは美声のもちぬしであるという自負をもっていることはもちろん、上記の案内のスタイルは、自分の発案であり、他の駅の案内は、それを真似たものである、と主張している人であった。

私がその駅員氏を知ったのは、彼がとうに退職し、自らが興した「江口旅館」の主人におさまり、囲炉裏ばたにあぐらをかいて、さかんに「俺をもって嚆矢(こうし)となす。」という言葉を連発しているころであった。

「嚆矢」とは、開戦にあたって放つかぶら矢のことであって、物事のはじめをあらわす。

しかし私は、それを「孔子」とかんちがいしておった。

ずいぶん法螺を吹く爺さんだと思っておったが、辞典で知って、えらい言葉を知ってるもんだ…とおどろきもした。

しかし、今考えても、仏五左衛門的人物であったことにはまちがいない。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。






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