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漢字でよむ おくのほそ道 第2回
序章

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年5月9日



序 章


■ 原文 ■


月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
  草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


年月(時間)は永遠の旅人であり、来てはすぎ去る年年(としどし)もまた同様である。舟の上で暮らす船頭、馬をひいてすごす馬子などは毎日が旅であり、諸先輩の多くも旅の中で一生を終えている。

私もいつのころからか旅の心にあこがれ、長途の旅に身をゆだね、やっと昨年の秋、江戸のわが家にもどったのであるが、年が明ければ、もう、未だ見ぬ地である陸奥(みちのく)へと心が飛んで、それは落ち着くことができない。噪々(そそ)として、もう、旅支度である。

そして、住居は人手に渡し、門人の杉風の別宅に一時移り、旅立ちをまつ。

  草の戸も住替る代ぞひな
(※)の家
※かざり雛

一句(※後注)を旧庵の柱に懸け置く。



■ 注釈 ■


漢語・和語の使いわけ

この冒頭の文は、従来、多くの人に暗誦されてきた名文である。

文は「月日(つきひ)は」という和語(わご)ではじまるので、「百代(はくたい)の過客(かかく)にして・・・」と、やわらかな和語調でスタートする。

つづいて、自らの旅心におちつかない叙述になると、…「片雲(へんうん)の風」「漂白(ひょうはく)の思ひ」「海浜(かいひん)にさすらへ」「江上(こうしょう)の破屋(はおく)」…と、漢語で述べられている。

やわらかな和語調でスタートしたことが、漢語との対比で、文章がきりりとしまる。

このようにして心の昂揚の表現効果をつくるということは、日本の文章表現の特徴といってもよいものなのである。

これが、漢字を音読みと訓読みに使い分け、和語・漢語を自在につかいこなす、日本の伝統なのである。



「百」を「はく」と読むことについて

今は「百」を「ヒャク」と訓む読みの例しかなくなってしまった。

しかし、「百」という文字の成り立ちから考えたら、「百」は「一+白」(イチ+ハク)と分解できる字なのである。

古代文字では「二百、三百、…五百」を

百最終

と書き、もともとは「二と白(ハク)・三と白(ハク)…五と白(ハク)」なのであった。

つまり、漢字の数表記は、一の位であれば、一〜四は、棒を横に、十の位なら棒を縦にならべてあらわし、百の位は、「白(ハク)」に、一、二、三…を加え、千の位なら

人最終.jpg

 に、一、二、三…を加えて

千最終.jpg

と表現したのである。

…従って、「月日は百代(はくたい)の…」と読むのは、この「ほそ道」だけの特殊な場合であるとか、奇を衒った訓みとか考えるべきではなく、ごく普通に考えられることなのである。



途中に句点(。)のない一文

心の昂揚の表現をつくっている手段となっている、もうひとつのことは、「予もいづれの年よりか…」以後、途中ひとつとして句点のない一文で綴られているということである。

こういう離れ業的な作文は、並の文章力ではできるものではない。

暗誦によって味わうべき作品である。



「面八句」について

俳諧(はいかい)という日本の文芸。長短36句でまとめるのを歌仙(かせん)といい、100句でまとめるのを百韻(ひゃくいん)という。

「面八句」とは、この百韻における、第一頁の8句のことをいう。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。






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