更新日6月10日
<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
前回書いていた引越しは、無事に終わったものの、
部屋の片隅に置かれたままの、
開けていない段ボールを見て見ないふりする日々です。
そして、唐突な宣伝になりますが、
7月6日(日)に、歌人の天野慶さんと、渋谷でトークイベント
を行います。
詳細は随時、わたしのブログ「とぎれた日々の前に立ち止まる」、
http://d.hatena.ne.jp/chiekato/
で更新予定ですので、どうぞご確認ください。
多くの人にお会いできることを願ってます! ぜひ! ぜひぜひ!
来てください!
それでは、今月の作品にうつらせていただきます。
<今月の作品> 〜第5回テーマ「スーパー」〜
味方だった
深夜まで営業しているスーパーは、わたしの味方だった。
ヨシノブと暮らすようになって、わたしは駅前のスーパーに通い
はじめた。今までは近所のお弁当屋さんやコンビニで済ませていた
夕食を、きちんと自分で作るようにしたからだ。仕事帰りに、慌た
だしく店内を回った。入り口のところに置かれている数種類のレシピ
カードを参考に、材料をそのまま買うこともあれば、とりあえず目
についた特売品を買って、ビニール袋を抱えた帰り道で、何をつく
るかを必死になって考えることもあった。ヨシノブが夕食を準備
してくれることもあった。たいていはカレーだったけれど、すごく
おいしく感じられたのは、彼のことが信じられないくらい好きだっ
たからだろう。
苦手だったみじん切りの速度があがり、冷蔵庫にあるものだけで
うまく献立を組み立てられるようになった頃、ヨシノブはわたしの
部屋を出て行った。他に好きな子がいるのだと言った。自分がどん
な返事をしたかは憶えていない。わたしが状況を飲み込めていない
まま、彼は新たに部屋を借り、引越しをした。引越しの日が、やけ
に晴れていたことだけは、記憶にしっかりと残っている。
仕事は休まなかった。それほど忙しい時期でもないし、有給だって
残っている、にもかかわらず。旅行にでも出かけてくれば、と何人
かの女友だちに提案されたけれど、あいまいに首を振った。怖かった
のだ。ヨシノブがいないということが、わたしの失恋が、一気に受
け入れなければいけない現実になってしまいそうで。ぼんやりと日々
をやり過ごしていくことのほうが、よっぽどよかった。
深夜まで営業しているスーパーは、わたしと無関係なものになった。
毎日の習慣となっていた料理なのに、しなくなるのは簡単だった。
圧力鍋も、フードプロセッサーも、棚の奥深くにしまいこみ、やが
て忘れた。あんなに食材が詰まっていたことが嘘のように、冷蔵庫
はからっぽであることを当然みたいに受け入れていた。ずっと前か
らそうでしたよ、と言わんばかりに。コンビニのお弁当の味にも
すっかり慣れ、そして飽きた。
引越しのときのようによく晴れた日を何度も十何度も過ごして、
気がつけば季節が変わろうとしていた。仕事は忙しい時期に入り、
残業も当たり前となっていた。
なんとか座れるくらいの混み具合の電車に乗って、最寄り駅に
帰ってきたとき、なんとなく立ち寄れずにいたスーパーに、なん
となく立ち寄れる気がした。実際、そうした。レシピカードには
目もくれず、カゴを持って、野菜売場から進んでいくことにした。
深夜まで営業しているスーパーは、わたしの味方だ。
だけど、あの頃とは違う。緑のカゴに入っているのは、ひき肉と
卵と玉ねぎじゃなくて、冷凍食品のハンバーグ。じゃがいもと
きゅうりとハムじゃなくて、出来合いのポテトサラダ。
あの頃よりも、カゴの中身は明らかに軽くなっているのに、腕が
重く感じられて、わたしは立ち尽くす。明日も仕事なのに。早く
帰ってごはんを食べて、お風呂に入って眠らなきゃいけないのに。
冷食と惣菜でカゴを埋め尽くした やっぱり君がいなくちゃだめだ
(ろくもじ)
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