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漢字でよむ おくのほそ道 第5回
日光<黒髪山>

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年5月30日




日光<黒髪山>


■ 原文 ■


黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。
  剃捨て黒髪山に衣更  曾良
曾良は河合氏にして惣五郎と云へり。芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水の労をたすく。このたび松しま・象潟の眺共にせん事を悦び、且は羈旅の難をいたはらんと、旅立暁髪を剃て墨染にさまをかえ、惣五を改て宗悟とす。仍て黒髪山の句有。「衣更」の二字、力ありてきこゆ。


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


黒髪山(男体山・2484m)は、霞がかかっていて、山頂には白く雪が残っている。

  剃捨て黒髪山に衣更(ころもがえ)

こう詠む曾良は、もともと、姓が河合で、名を惣五郎という士(さむらい)階級の者であった。それが私の弟子となり芭蕉庵の近くに居をかまえ、私の食事をはじめ生活全般のめんどうを見てくれておった。

それがこの度、奥州路の旅をともにすることを喜び、かつまた、旅の難儀を助けようと、旅立ちに際し剃髪し、僧形(そうぎょう)に姿をかえ、名まえも、「惣五」を改めて「宗悟」とし、私に従ってきたのである。

曾良の句の「衣更」の二字、季語として適切であるだけでなく、出家と行脚(あんぎゃ)の決意があらわれていて、まさに秀逸である。




■ 注釈 ■


吾と出逢う

曾良は、山頂未だ白い黒髪山に、僧形となった自分の姿を映すのである。この章は、曾良の、自分との出逢いを描く章である。

黒髪山(男体山)は、山頂まで黒々と樹木に覆われた山であり、今の暦でいえば、5月の半ばにおいて山頂に雪の残るはずはない。

従って、山頂白い男体山は、芭蕉さんの文学的な設定である。

それは、曾良を「決意した吾」との出逢いを果たさせるための文章上の設定である。

人は、鏡などに映し、客観的なものにすることによって、はじめて、自らが見えるようになるものなのであろう。

なお、「衣更え」は、旧暦の4月1日、冬服から夏服に着替えるときである。

…ところで、「衣」は、古代文字では

衣最終

とかき、これは、着衣の襟もとの形である。

「衣」とは、漢字では、体を被うだけのものではなく、命を包み守るものという意味がある。

従って、「衣更え」とは、単に衣服をかえるというだけでなく、生き態(ざま)をかえるという意味をもふくむものであろうと思う。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。