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遠くへ行きたい

私にはあまり縁のない記念日のように思うのですが、今日10月19日は海外旅行の日だそうです。
遠(10)くへ行く(19)で、10月19日。
かなりこじつけているように思いますが、記念日の多くはそんなものかも知れません。

海外旅行の日にあわせて海外旅行へ行く人はおそらくあまりいないでしょう。
日程的に中途半端な時期ですし。

出かけられないのであれば、出かけた気になるよう紀行書を読むのがいいのではないでしょうか。
読書の秋でもありますから。

秋の夜長ということもあり、海外旅行の本といってパッと思いついた「深夜特急」でも、寝る前に読み直してみようかな、なんて気になっています。
2007-10-19

漢字でよむ おくのほそ道 第6回
那須

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年6月6日



那 須


■ 原文 ■


那須の黒ばねと云所に知人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへども、さすがに*情(じょう)しらぬには非ず。「いかゞすべきや。されども此野は縦横にわかれて、うゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」とかし侍ぬ。ちいさき者ふたり、馬の跡したひてはしる。独は小姫にて、名を「かさね」と云。聞なれぬ名のやさしかりければ、
  かさねとは八重撫子の名成べし   曾良
頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。
*ルビは筆者による


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店




■ 注釈 ■


「優しさ」を知る

この「那須」の章は、草刈る農夫との出逢いに「野夫といへども、さすがに情しらぬには非ず」と感動することをあらわす重要な一章である。

即ち、日本の人々とは、人に対し、いかに心やさしく、ゆかしくつきあうものであるか、ということを示しているところなのである。

芭蕉さんは、迷路のごとくいりくんだ那須野が原に迷い困惑して、農夫にすがる。

それに対して農夫はまずはじめに「いかがすべきや(どうしたらいいでしょうね)」というのである。

これは、うつべき手だてがみつからなくて困っているのではない。

困っている相手の立場になるのである。

そういう言い方で、まず相手に同情の気持ちを伝えるのである。

これは、まことに、おくゆかしい心づかいなのではないか。

そうしておいて、次につづくことばは、「旅の者なら、ここで迷うのは、当然のことなのだよ」と伝えておいて、そして最良の方法、つまり、わが馬を貸し与えようというのである。

…馬というものは、道をよく知っているものである。この馬に乗っていき、その止まった所が目的の黒羽である。安心してこの馬をお使いなさいと、貸し与えるのである。

さらに、この馬を返すには、馬の首を反対に向けて、お尻をひとつ、ぽんと打てばよい。馬はひとりで、必ず帰りつく…とも伝えたはずである。

この農夫の厚情に対する芭蕉さんも、さすがである。

大事な馬を借りるのであるから、普通なら、「謝礼は如何ほど?」と問うだろう。しかし、そうしたなら、「とんでもない」と、ことわられるだけである。

芭蕉さんには、そのような謝意の示し方はすべきでないことは、よくわかっているのである。それで、謝礼は帰り馬の鞍つぼに結びつけるということになるのである。

これが、優しさに対する優しさの応答なのであり、これがむかしからの日本人の心づかいなのである。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。