
2007年7月6日
松 島
■ 原文 ■
抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。島々の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其気色窅然として、美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ詞を尽さむ。

原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店
■ 訳 ■
いまさら言うまでもないことであるが、松島は、わが国第一の景勝の地であって、それは、中国の洞庭湖や西湖にくらべて勝るとも劣るものではない。
その松島は、東南方向より海の入りこんだ港であり、その規模およそ三里四方、中国の杭州湾に似て干満のはげしいところである。
その上、大小さまざまの島のすべてが、ひとつの湾内に集っており、とんがったものは天を指さし、ひらべったいものは、波に腹這いする姿。
あるいは二重にかさなり、三重にたたみあげ、左方に別れていくと見えたかと思えば、右方は島々のつらなり、おんぶしているものやだっこしている状態の島々、あたかも、じじばばが孫子をかわいがっている姿である。
そして、この松島は、その名の示すとおり、島々は松の緑一色。木々の枝ぶりもみごとで、天然の景、その極致を見るようであり、その景色たるや、窅然として奥深く、その美しさは、比類ない美女の容貌。
これぞ神代のむかし、この国の山河造成にたずさわったという大山祗神(おおやまずみのかみ)のなせる業(わざ)であろう。それは、何人(なんびと)も絵に描き、文章に表現しつくすことができるであろうか。
■ 注釈 ■
名文を味わう
松島の章の、この一節は、古今の日本語文の中でも、名文中の名文ということができる。
できれば、原文のまま、暗誦したいところである。
二、三の語句について解説を付けておこう。
●扶桑(ふそう)
東海の日の出る所にあるという神木、またその土地という意味から、昔、中国で日本をこう言った。
つまり、扶桑とは、日本の別名である。
●匍匐(はらばう)
音読みでは「ホフク」と読み、「匍匐前進」とは、腹這いになって敵に迫ることである。
「甫畐(ホフク)」は、字の音を示し、「勹(ホウ)」は、人の側面形。
ここでは、人が体をまげて腹這う形をあらわしている。
●窅然(ようぜん)
奥深く深遠なさま、と訳されるが、「窅」とは、被り物の下から目を出す様子であり、「冒(ボウ)」や「曼(マン)」と似た字。

「曼」とは、女性が被り物を、手でたくしあげて顔をあらわし、“わたし、きれいでしょう”というそぶりをすることをあらわす。


●造化の天工
白川文字学によると、日本語の「つくる」に相当する漢字には「作・為・造」があり、「作」は枝を手で折り曲げる形で、人間の手作りをあらわし、「為」は、人が象を操る形。人力を超えた力で大きな工事などをおこなうこと。
そして、「造」とは、神のお告げをあらわし、従って、「造化の天工」と使うことは、もともとの字の意味にかなう使い方である。
【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)
1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。
