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漢字でよむ おくのほそ道 第15回
立石寺

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年8月2日



立石寺


■ 原文 ■


山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。
  閑さや岩にしみ入蝉の声


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


山形領に、宝珠山立石寺(りっしゃくじ)という寺がある。平安初期の高僧、慈覚大師の開いたという清閑の地である。

「ぜひ、ごらんになったほうがいいですよ。」と、人にすすめられて、寄り道することになる。尾花沢からは、七里(約28km)ばかり南下したところにある。

到着は、未だ日暮れ前、麓の宿坊に宿を借りておいて、山上の堂院を見ることにする。

立石寺は、俗に「山寺(やまでら)」ともいわれ、全山が巌(いわお)を重ねたような山でできている。その景色は、老松老杉に包まれ、土石は苔むし、岩上に立つ院々は扉をとざし、森閑として音なく、

断崖を廻り、岩を這い仏閣を参拝する。その絶景なるや寂寞として心のあらわれる思いである。

さらに、あたりは夏蝉の声に満ち、それがひときわ、この山寺の静寂をきわだたせる。

  閑さや岩にしみ入蝉の声




■ 注釈 ■


「佳景寂寞」について

この、山寺の風景描写は、また、古今の名文といってよいものであろう。

そして、このような名文は音読して味わうべきものであるが、それにしても、このような名文のうまれるのは、日本語が漢字を音訓両用、自在に使いこなすものだからである。

それだけではない。

同じ音読みといっても、中国音は、時代と地方の違いによって、呉音・漢音、その他と、多様であった。

それをまるごと、日本語はのみこんで使っているのである。

「佳景寂寞(かけいじゃくまく)」が、そのもっともよい例であると思う。

…「寂寞」は、普通なら「セキバク」読む。しかし、「ジャクマク」とも読めるのである。

…仮に「カケイセキバク」という読みと、「カケイジャクマク」という読みを、声を出してよく吟味してほしい。

やはり「…ジャクマク」と読むべきところであることが納得できるであろう。

なお、「寂・寞」の漢字の意味である。

「叔(シュク)」は、邪悪を祓う呪鎮に用いる鉞(まさかり)を手に持つ形で、

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「寂」は、廟(みたまや)に、そのまさかりの刃が白く光る状態をあらわし、

「莫」は、西の草原に日の沈む様子。

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そのことから、「寂寞」とは、ひっそりと静まりかえった状態を表すのである。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。

第9回目 かとちえの短歌教室 テーマは“友”

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更新日10月10日


<ご挨拶>
こんにちは、加藤千恵です。
先日結婚式をやりました。
生涯はじめての結婚式です。
今のところ、生涯最後にするつもりでもあります。
キャンドルサービスで「ボヤじゃん!」というような出来事があったり、
新婦が両親への手紙読みながら泣いている隣で、
新郎がウケたりしているような披露宴でした。いいのか。
不自然な流れで、短歌の話です。

<助詞を省かない>
前回(第8回)で書いた、<不自然な語尾を捨てる>とも、
ちょっと重なってくる話なのですが。
5・7・5・7・7の定型におさめたり近づけたりするために、
助詞を省いたり変化させたりすることは、
できれば避けてもらいたいと思っています。
特に、助詞を省いているものについては、
わりとよく見かけるのですが、
いかにも「【短歌】を書いてみました!!」という感じで、
普通の文章として見たときに、
不自然さが残ってしまいます。
「あれ、これって短歌?」というくらい、
自然な文章になっているものを目指していただきたいです。


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