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漢字でよむ おくのほそ道 第16回
最上川

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年8月8日



最上川


■ 原文 ■


最上川は、みちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の滝は青葉の隙々に落て、仙人堂、岸に臨て立。水みなぎつて舟あやうし。
  五月雨をあつめて早し最上川


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


最上川は、福島県境から流れ出て、山形を水源とする。(※筆者注 この記述は正確でない。)ここに到るまでは、途中に碁点(ごてん)、隼(はやぶさ)などという、船頭なかせの恐ろしい難所もある。

…ここ最上峡(もがみきょう)は、出羽丘陵(でわきゅうりょう)を横切るところ。板敷山の北を流れ下って、果ては酒田で日本海に注ぐ。

最上峡は、左右から山肌の迫った緑の茂みの中を舟が下る。この舟は、昔、年貢(ねんぐ)として納める稲束を運ぶものでもあって、それで「稲舟(いなふね)」という呼び方もある。

  もがみ川のぼればくだるいな舟のいなにはあらず此月ばかり

という、古今集の歌もある。

舟の右方には、白糸の滝が青葉の合間を見え隠れに落下して、その下には、仙人堂が河岸に臨んで建っている。…時は五月雨の季節。水流豊かに速く、危ういばかりに舟は流れ下る。

  五月雨をあつめて早し最上川




■ 注釈 ■


最上川

最上川の章は、日本の急流との出逢いを描いた章である。

日本の川は、この狭い国土を流れ下るのであるから、清流ではあるが急流が多い。

中でも最上川は、中部の富士川、九州の球磨川(くまがわ)と並んで、日本の三大急流といわれ、急流として名高い川である。

「おくのほそ道」は、いろいろな人との出逢いの記録でもあるが、様々な地勢・風景との出逢いの記録でもある。

松島、象潟の絶景は言うにおよばず、日光・黒髪山にはその山容に我が身を映し、那須野が原では、迷路のごとく道の走る日本の採草地と出逢う。

そして、最上川では、日本の急流と出逢うのである。

それぞれの地勢・風景との出逢いは、言うまでもなく、その地の地霊(ちりょう)、地の神々との出逢いをはたすことでもあるのである。

そして、「おくのほそ道」の文章は、いろいろなものとの出逢いを、バランスよく配置している名文ということもできるのではないかと思う。



川の漢字

ところで、「川(かわ)」の文字である。

中国の大河は、ご存知のように、「黄河」といい、「長江」というように、「河」や「江」が、その名をあらわす文字として使われているが、日本の場合は、すべて「川(かわ)」が使われる。

「川」という漢字を言うとき、わざわざ「さんぼんがわ」と言うことがある。それは、日本語では「河(カ)」あるいは「江(コウ)」も「かわ」と訓よみするからである。

「川(セン)」の最も古い形は

16kawa-3.jpg

と書く。

これは川とは何であるか、ということを説明する形でもある。

即ち、@川とは地形に従って蛇行するものであり、A川には、両岸があって、B中を水が流れるものである…といっている。

では、「河」あるいは「江」はなにをあらわしているか。

もともとは、「河」とは、黄河をあらわす固有名詞であり、「江」とは長江あるいは揚子江といわれる大河の名まえの文字であった。

中国の河川の名は、もともとは一字でもってあらわしていた。

「河」とは黄河、「江」とは長江、そして「漢」とは、武漢附近において長江に合流する漢水の固有名詞であった。

「渭(イ)、涇(ケイ)、洛(ラク)」は、みな川の名まえの文字であり、この三川はみな、西安近くで黄河に合流する。

そして「淮(ワイ)」は、黄河と長江の中間の華中平原を、西から東に流れて黄海に入る川の名まえである。

漢字という文字をあらわす「漢」は、もともと川の名をあらわす字なので、「氵(さんずいへん)」の字なのである。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。