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漢字でよむ おくのほそ道 第18回
越後路

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年8月22日



越後路


■ 原文 ■


酒田の余波日を重て、北陸道の雲に望。遙々のおもひ胸をいたましめて、加賀の府まで百卅里と聞。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国一ぶりの関に到る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。
  文月や六日も常の夜には似ず
  荒海や佐渡によこたふ天河


原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


酒田・鶴岡とも別れ、いよいよ北陸の地へと向かう。加賀金沢まで百三十里ときく。行く先は遥かである。

鼠ヶ関を越えると、新潟を通過し、越中の国市振の関に到る。その間は暑気に苦しめられた上に、持病さえおこり、9日間の記録など、残そうにも残せるものではなかった。

時に陰暦は7月。あすはもう七夕である。それは年に一度、天の川を渡って、織姫と彦星の出会う日でもある。

  文月や六日も常の夜には似ず
  荒海や佐渡によこたふ天河




■ 注釈 ■


「やまば」の前の空白・・・そして出逢いの予告

「越後路」の9日間の記録は、空白となっている。

それは、暑湿と持病の起こりという健康上の理由によるとされているが、実はこれは、文章構成上の意図的な空白の設定である。

つまりそれは、「やまば」の前の空白。

すぐあとに来る「やまば」を前に、ホッ!と一息いれるようなものである。

しかし、この章は、よく見るとただの空白ではない。

きたる「やまば」での出逢いを予告している。

あすは7月7日、七夕の日である。天空においては、年に一度の出逢いが演じられる日であると、次に来る「やまば」を予告しているのである。

だから、事実、夏は鏡のような日本海であるはずなのに、海は荒海であり、あすを控えたきょうの夜は、常の夜とはちがう、どことなく心おちつかない夜なのである。

七夕の出逢いとは、年に一度の出逢いでありながら、一日にして別れる出逢いなのである。次章「市振の関」では、どのような出逢いと別れが展開することであろうか。





【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。