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「フライデー」のない金曜日

明日5日発売予定だった週刊誌「フライデー」が発売中止となったそうです。
理由はよく知りませんが、よっぽどのことがあったのでしょう。

週刊誌ですから、新聞広告や電車の中吊り広告などの予定があったのではないかと推測します。
それがなくなるとなると、関係した広告代理店はパニックに陥ってしまったのではないかと心配します。
発売中止によって生じた損害などはいくらなのか、そんな下種の勘繰りまでしてしまいます。

私は別に「フライデー」の熱心な愛読者ではないのですが、コンビニへ行ったときなど手に取って中身を確認することはよくあります。
気になりますので、なぜ今週号の「フライデー」が発売中止になったのか、その理由をはっきり書いた週刊誌があれば、私は買って読んでしまうかもしれません。

漢字でよむ おくのほそ道 第21回
山中

漢字でよむ 奥のほそ道
2007年9月13日



山 中


■ 原文 ■


曾良は腹を病て、伊勢の国長島と云所にゆかりあれば、先立て行に、
  行行てたふれ伏とも萩の原  曾良
と書置たり。行ものゝ悲しみ、残るものゝうらみ、隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし。予も又、
  今日よりや書付消さん笠の露


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原文出典:『芭蕉 おくのほそ道』岩波書店



■ 訳 ■


同行(どうぎょう)の曾良は、やまいを得て、その休養のため、伊勢の国長島の縁者のところに先行することになった。そのたびたちに際して、

  行行てたふれ伏とも萩の原

と一句を書き残した。当時の旅は、健康な者にとっても命がけの行為なのに、ましてや病を得ての旅である。無事安泰の保証など求められるものでもなかったのである。

その別れのおもい、それは将に、片割れ鳥の雲に迷い飛ぶごときものであろう。

  今日よりや書付消さん笠の露

旅人の笠に記す「同行二人(どうぎょうににん)」は、御仏(みほとけ)とともに歩むという意味であるが、今までの我々は、ほんとうに「同行二人」であった。その四文字も、この悲しみの涙でかき消されてしまうことではないだろうか。




■ 注釈 ■


漢字仮名まじり文の模範

ここにあげた「おくのほそ道」の部分は、漢字仮名まじり文の模範というべき文である。つまりそれは、日本語文の名文である。

病を得て先立ちゆく曾良を、師の芭蕉は、それを見送る。それは柔らかなタッチの和語文でつづられてゆく。その和語文のタッチは、病身の曾良を気づかう芭蕉さんの眼つきである。それは、流れるような柔らかい和語のつづりである。とくに、「ゆかりあれば」の「ゆかり」は、現在でも「縁者」という漢語を使うのが普通だろう。その文脈には、濁音さえ影をひそめた文体である。

特に秀逸なところは、「行ものゝ悲しみ、残るものゝうらみ」と、ミ音(おん)を重ねている部分である。

みなさん、因(ちな)みに、「ミ(mi)」という音(おん)を意識して発音し、その場合の唇の状態を考えてみてください。

それは、能面(のうめん)でいうなら「癋見(べしみ)」の表情ではありませんか。

子どもの表情とするなら、それは「泣きべそ」の顔であろう。それは、こみあげる感情を、ぐぐっと抑えたときにできる表情である。

旧暦3月末に江戸を発ってから4か月、その間苦楽を共にしてきた弟子の曾良が、病を得て今先に行く。その後ろ姿を見送る。悲しみがこみあげる。ぐっと抑えて一旦は癋見顔になるのであるが遂に、押さえきれなくなる。その表現が、

  隻鳧(せきふ)のわかれて雲にまよふがごとし。

という、突如の漢語表現である。

隻鳧とは、片割れ鳥のこと。鳧(けり)は、鳩ほどの大きさの鳥だが、名だたる鴛鴦(おしどり)より夫婦仲のよい鳥として有名である。…そんな鳥の説明などどうでも良い。和語・漢語の音調を巧みに用いる感情表現のみごとさ。これぞ日本語の美しさの極致というべきはないか。何度も暗誦を繰り返したい文章である。






【著者プロフィール】 伊東信夫(いとう・しのぶ)

1926年、山形県生まれ。白川漢字学の系譜に連なる漢字研究家。
1947年、山形の冬季分校の教師となって以来、長く教職に携わる。
現在は、漢字学の研究と共に、子どもや教師たちに漢字のおもしろさを伝えるため、各地で講演するなど、活躍中。主な共著書に「漢字カルタ」「漢字はみんな、カルタで学べる」「漢字がたのしくなる本」シリーズ(いずれも太郎次郎社)、「成り立ちで知る 漢字のおもしろ世界」シリーズ(スリーエーネットワーク)がある。
現在、立命館大学 白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員。